ダヴィンチコード公開に伴って、ダヴィンチの謎、みたいな番組がやってて、見てた。
あたしとしてはかなりおもしろかった。「ダヴィンチコード」のネタバレになる可能性大なので
まだ見てない人、ネタ知るのが嫌な人は読まないで下さい。
今まであたしはキリスト教の大学に通いながらも、キリスト教はどうも・・・っていう感じだったんだ。だってイエスが復活した、はまだしも、処女から生まれたってところがあたしは受け付けなくて。胡散臭い・・・正直そういう風に思ってた。かといって熱心な仏教徒ってわけでもなく、無神論者でもなく、無宗教で曖昧な日本人の一員なわけですが。でも、すごく、キリストに対して興味はあった。でも、聖書を全て読んだわけでもないから否定も肯定もできずにいた。
そのTVではイエスは実は結婚してたとか、そういうことを検証していて、まあダヴィンチコードに基づいて企画された番組っていう感じだったんだけど
もしも、そのダヴィンチコードに書かれていることが事実なら、あたしの今まで抱いてたイメージと全然違うことになる、胡散臭さも一気になくなるの。
一番あたしがドキドキしたのは、ダヴィンチが属してた秘密結社のことで、なんとその歴代の代表には、アイザック・ニュートン、ヴィクトル・ユゴー、ドヴュッシー、コクトーなどの名前が。。。す、すごい。コクトーもドビュッシーも大好きだから、なんだかすごいその秘密教会に興味が湧いた。そのTVによると、聖書も人間の手で編纂されたものだから、イエスの人間味を感じさせる部分は削除してたらしいんだけど、ダヴィンチがその削除された真実?を知ってるんだからその偉人たちも知ってたのかな?まあダヴィンチコードによればっていう話だけど。キリスト教についてはまだまだ知らないことだらけ。これからの課題だわ。
なんだか歴史なんて本当にある程度、都合のいいように書かれてるものだなーって思う。
今日は「戦争論」なんかも読んだりしてたんだけど、ねじ曲げて伝えられてることって本当にいっぱいある。っていうか教科書にマイノリティのことは綴られていない。あたしのすきな新撰組のことも、特攻隊のことも、そういうのがあったよ、ってことしか書いてなかった気がする。
大衆が情報操作されやすい日本の教育。日本のメディアも。
大事なのは自分の共感を信じること、自分で考えること。大衆の意見、歴史の善悪判断、マスコミの情報、刷り込まれるのはカンタン。受身で居ればいいんだもの。受験勉強はそれでいいかもしれない。でも、それって、どうなの?何も知らないまま大衆の顔した権力に操作されるのはあたしは御免だ。それで無意識に誰かを追い詰めて加害者になってることも御免だ。
恋愛でも同じ。周りの人の評判や噂、写真や携帯だって、カンタンに信じて相手を責めるのはラクだけど。何か事情があったら?こっちが理解してあげてないだけだとしたら?
じゃあなにを信じたらいい?
あたしはとりあえず、自分で見て、聞いて、そして感じたことを信じる。具体的に言えば、付き合ってる相手の態度や接し方が、変わったなって感じるかどうか。歴史で言うなら、単純に、「それはほんとっぽいな」って感じるかどうか。共感が大きい。それは同時に自分を信じることにもなるよね。
それでもし裏切られたって間違ってたって、自分が勝手に信じたんだから仕方ない。
そうだよね。
でも鵜呑みにしちゃってそこに自分の判断が介在してないと、いざって言うとき相手を責めるっていう無責任なことになっちゃう。
いろんなこと知りたいって思うけど、時間が足りない。宗教も、死ぬまでには信じられるものを見つけられたら幸せなのかもなって思うし。日本人がはっきりしないとか言われちゃうのも、多分、今日本に国教みたいなものがないし無神論者とかいいながらただの刹那主義の若者(あたしももちろん含む)が多いからってのもあるよね。でも。そんな立場で居られるからこそ選ぶことができるあたしたち日本人。天皇誕生日の次の日、国民でクリスマス祝うっていう国民。だからこそ、流されてちゃもったいない。
あ、日本には、もともと武士道があるからね。世界に誇れる侍スピリッツが。いまのあたしはとりあえず、やっぱりそこに落ち着くわけか。